トチノキは、山あいの雪深い谷に根をはり、流水の音を傍らで聞きながら生育しています。縄文時代の遺構にもトチノミが残されているように、われわれの祖先の命を守る食料源でもありました。トチノミやトチ蜜といった食の恵みをもたらし、その材は木地物として生活用品にも活用されてきました。トチノキは自然生態系を構成する樹木でもあり、生活文化の源泉としての樹木でもあるという複合的で多様な価値を持ち合わせています。
しかし、トチノキと人とのつながりはここ数十年の人びとの暮らし方の変化にともない、わずかに残る糸のようにか細いものとなっています。トチノミを拾い、トチモチづくりに活用している地域は今でも存在していますが、トチノキと人とのつながりが今後の日本に息づいていくかどうかは今を生きる私たちの手にかかっています。
トチノキと人とのつながりの再生には、山村の暮らしを守ってきた人びととともに、地域に根ざした研究者、自治体が相互に密接に連携して、それぞれの経験や知見を共有していくことが必要です。自然生態系も、生活文化も、高齢化社会も、次世代育成もすべてが連動しています。山村地域の可能性を総合的に考える思索を促し、学術的な知見も合わせていくことで、トチノキという樹木を通じて、多くの知恵を持ち寄り、学び合いを進めるネットワークづくりが今、期待されています。
2022年11月23日、滋賀県長浜市にて「トチノキサミット」が滋賀県自然環境保全課の呼びかけにより開催されました。ここで、トチノキと人とのつながりをつむぎ直すためには、源流地域の暮らしぶりを住民自らが語り、研究者や行政関係者も参集し交流し合える場が定期的に必要ではないかと提案されました。この提案を受けて、「研究者」「住民」「行政」の三者が結集できる「全国トチノキ学ネットワーク(仮称)」の設立を呼びかけます。